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1962年(昭和37年)
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記録・写真
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月 日
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出 来 事
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1・13〜16
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2年後の東京オリンピックに備え,第1次強化合宿(葉山) ヘッドコーチ:小沢吉太郎, コーチ:宮川清
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| 4・17〜19
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東京ボートショー−第1回
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| 5・5〜6
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早慶戦−第25回(横浜)
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| 6・30〜7・1
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関東インカレ−第29回(横浜) 4位
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| 7・−
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ヨーロッパ遠征 ドラゴン級(ノルウェー,デンマーク)参加・舟岡正
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| 7・28〜29
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鳥羽レース 早風6位
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| 8・12
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堀江謙一,マーメイド号で太平洋横断成功(19フィートJOGキングフィッシャー)
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| 8・15
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全日本インカレ−第27回(広島) 予選敗退
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| 9・16〜17
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国体−第17回(岡山・渋川) A級よりフィン級に代わる
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| 10・11〜16
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第3次オリンピック強化合宿, エルブストローム来日
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| 10・17〜22
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全日本選手権−第17回(葉山) ドラゴン級で舟岡組優勝
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| 10・19
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早慶新人戦(横浜)
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| 11・3〜4
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初島レース,早風遭難, 6名死亡
ミヤ(4名),ノブチャン(1名)同じく遭難
利島レース加え43隻出走,10隻完走
早稲田大学に遭難対策本部設置,広域捜索活動展開
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| 12・16〜19
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日本ヨット協会,学連指導者講習会 7水域,34校参加
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| 1・9
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ガリオア・エアロ債務返済に関する協定に正式調印(9.11発効)
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2・1 |
東京都,人口1,000万人を突破(世界最初の1,000万都市)
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5・− |
サリドマイド系睡眠薬奇形児問題化
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5・3 |
三河島事故起こる
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5・10 |
新産業都市建設促進法公布(8.1施行)
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8・24 |
三宅島大噴火,22年ぶり
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10・22 |
米国,キューバ梅上封鎖を声明(キユ一パ危機)
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1963年(昭和38年)
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記録・写真
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月 日
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出 来 事
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−・−
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東京オリンピックを翌年に控え,選手強化,大会準備進む(小沢信三郎,宮川清,松本冨士也等理事として参画)
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| 3・5
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関東学連加盟23校となる(1部7, 2部7, 3部9,計23校)
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| −・−
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A級テトロンセール公認(39年新人インカレより)
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| 4・13
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早風合同慰霊祭(大隈小講堂)
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| 5・4〜5
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早慶戦−第26回(横浜) 僅差敗
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| 5・10
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海外派遣選手権各氏参加決定(ドラゴン級:松本冨士也,舟岡正,日色輝幸 フィンコーチ:高原清彦 フライングダッチマンコーチ:宮川清)
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| 5・12
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瀬戸内横断レース−第9回 出走63中多数転覆するも全員救助
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| 6・29
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関東インカレー第30回 8位, 2部転落
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| 7・10〜14
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ドラゴン級世界選手権(スウェーデン・マルストランド)棚町・舟岡組29/77,吉田・松本組44/77,加藤・日色組49/77
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| 7・14
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全日本A級選手権−第28回(館山) 山中束洋平2位
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| 8・7
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全日本インカレ−第28回(博多志賀島)
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| 9・18
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国体−第18回(山口・光市)
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| 10・4
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大原弘山死亡:(本名大原多美雄,60歳,日本セールメーカー第一人者)
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| 10・12
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早慶新人戦(横浜) 優勝
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10・11〜16 |
東京国際スポーツ大会(葉山)プレオリンピック 支援艦艇42隻
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−・− |
ヨット部再建へ努力,体制立直し
新大型艇建造計画
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2・20 |
日本,ガット理事会でガット11条国へ移行の政府決定を通告
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7・18 |
米ケネディ大統領,国際収支教書を発表。利子平衡税を創設,株価開所以来の下げ幅を記録(7.19)
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7・26 |
経済協力開発機構(OECD)理事会,日本の加盟を承認(39.4.28加盟)
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8・14 |
日本,米英ソ3首都で部分的核実験停止条約に調印
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11・1 |
新千円札発行
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11・9 |
三池三川鉱ガス爆発,死者458人
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11・22 |
米ケネディ大統領暗殺さる。ジョンソン副大統領,大統領に昇格
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11・23 |
初の日米間テレビ宇宙中継受信実験に成功(ケネディ暗殺ニュースを受信)
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1964年(昭和39年)
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記録・写真
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月 日
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出 来 事
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東京オリンピック

稲竜進水 |
−・−
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日本ヨット協会は文部省所管の財団法人に改組
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| −・−
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NORCは運輸省認可を受け,社団法人日本外洋帆走協会となる
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| −・−
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日本フライングダッチマン協会発足(14艇)
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| −・−
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早慶戦中止(レース海面問題合意ならず)
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| 3・10
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岡本酒造死亡(70歳,岡本造船所創設者,日本ヨット建造の草分け)
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| 3・−
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早稲田の新大型艇建造着工(岡本造船所)
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| 3・20
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翔鶴(学習院)遭難,5名死亡
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| 5・3〜5
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スナイブ級全日本選手権(葉山)3位(若松・小島,千葉・木内組)
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| 6・7〜10
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国体−第191回(新潟・両津市)
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| 6・6〜7・29
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チタU,太平洋横断(53日12時間)
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| 6・20〜21
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関東インカレ2部−第31回(富岡) 2部優勝,1部へ復帰
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| 6・27〜28
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関東インカレ1部−第31回(富岡) 3位
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| 8・2〜5
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全日本インカレ−第29回(琵琶湖) 予選敗退
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| 8・15
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関西ヨットクラブ(西宮)完成
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| 8・18
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江ノ島ヨットクラブ設立
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| 8・21〜29
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スナイブ級西半球選手権(カナダ・オンタリオ湖)若松・千葉12位
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| 9・24
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台風20号,瞬間最大風速41.3m/s(神戸)−関西水域大損害ふじやま丸大破
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| 10・11〜21
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東京オリンピック,5.5メートル級(松本冨士也14/15), ドラゴン級(舟岡正・目色輝幸17/23),スター級13/17, フライングダッチマン15/21, フィン級21/33
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| 11・21
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新大型艇「稲龍」進水 |
| 4・1
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日本,国際通貨雄途(IMF)8条国に移行
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| 6・16
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新潟を中心に大地震,死者26人,原油タンク爆発,15日間燃えつづける
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| 8・2
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トンキン湾事件起こる。8.4米機報復として北ベトナム基地を爆撃
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| 10・1
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東海道新幹線営業開始
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| 10・10
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第18回オリンピック東京大会開催(〜24),参加94か国,選手総数5,541人,日本選手団410人。日本,16種目に優勝
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| 10・15
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フルシチョフ第1書記兼首相解任さる。第1書記ブレジネフ,首相コスイギンとなる(ソ連)
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| 11・12
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全日本労働総同盟(同盟)発足
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| 11・15
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シンザン,3冠馬となる
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| 11・17
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公明党結成大会開かる
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1965年(昭和40年)
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記録・写真
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月 日
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出 来 事
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春合宿 森戸海岸 |
3・−
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フィン級太平洋選手権(ニュージーランド・オークランド)
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| 5・−
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全日本フィン級選手権(渋川)
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| 5・−
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全日本スナイプ級選手権(常滑)
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| 5・8
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江ノ島ヨットクラブ,ジュニア委員会発足(1期生26名)
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| 5・−
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早慶戦−第27回(葉山)
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| 6・25〜27
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関東インカレ−第32回(富岡) 優勝
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| 7・22〜28
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フィン・ゴールドカップ(東独・グディニア)
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| 7・23〜25
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鳥羽パール・レース−第6回(鳥羽−城ヶ島)
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| 8・4
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全日本インカレ−第30回(二色浜)(参加20,予選3組,決勝6校)
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| 8・12〜15
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フィン・アタセーウィーク(オーストリア・アタセー)
庄島1/15(優勝)
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| 8・−
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稲龍,相模湾ポイントレースで1着
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| 8・17
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小田干馬木氏死亡(63歳,東京オリンピック監督,協会副会長)
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| 8・18
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全日本A級選手権
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| 8・19〜21
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フィン級北欧選手権(スウェーデン) 庄島24/50
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| 8・23〜28
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スター級世界選手権(アメリカ・ニューポート)34/35
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| 9・9
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スナイプ級世界選手権(スペイン・ラスバルマス)20/25
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9・19〜22 |
国体−第20回(愛知・蒲郡)
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−・− |
カシオペア,Y15−K16,FD−FC,ドラゴン,シーホース各全日本選手権挙行
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−・− |
チタU,太平洋往復成功
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−・− |
インタークラブ,実業団,各種女子等の全日本選手権挙行
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−・− |
国際レースにも次々参加の年
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10・9 |
新人早慶戦 (葉山)
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10・− |
神子元レース稲龍1着
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4・15 |
ILO87号条約,国会承認
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6・22 |
日韓基本条約調印(12.18発効)
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7・1 |
名神高速道路全通
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10・21 |
朝永振一郎, ノーベル物理学賞受賞
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11・10 |
日本原子力発電梶C初の営業用原子力発電に成功(出力5,OOOkW)
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11・19 |
閣議,財政処理のため国債発行を決定(戦後初の赤字国債)
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12・15 |
米2人乗り宇宙船ジェミニ7・8号,初のランデブーに成功
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